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福岡高等裁判所 昭和31年(う)665号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 小柳義春 湯浅幸雄

検察官 森井英治

主文

原判決を破棄する。

被告人両名を各懲役三月に処する。

但し、本裁判確定の日から一年間、右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用中、証人正広英登、宮島一瀬、山下徳人、達矢清治、寺崎信治、班目三郎、桐野久城、岩見一幸、渡辺泰敏(二回共)、阿曾沼文彦、後藤進、石田正光、国広与助、藤島守、松井隆、服部弘幸、広田利久蔵、佐々木喜平、山本一雄、松山茂喜、飯田百一郎、片山秋義、小坪美幸、荒川浩、大町信博、森馬之助(二回共)、国房義明、中原登(昭和三〇年六月七日出頭の分)に各支給した分は、被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴されている福岡地方検察庁検察官検事白土八郎名義控訴趣意書記載のとおりで、これに対する答弁は、被告人両名の弁護人岸星一竝びに清原敏孝連名で提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

同控訴趣意第一点(法律解釈適用の誤り)について、

刑法第二三三条竝びに第二三四条の「業務」には公務を包含しないとの見地から、原判決が本件公訴事実に対し無罪の判決を言渡していることは、検察官所論のとおりである。そこで当裁判所は、次のような理由によつて刑法第二三三条竝びに第二三四条の業務中には公務も包含されるものと解する。

原判決は、右法条にいう「業務」とは公務を除くほか、精神的なると経済的なるとを問わず、汎く職業その他継続して従事することを要する事務又は事業を総称するとの大審院判例(大正一〇年一〇月二四日判決)を引用し、所謂業務妨害罪の対象となるべき業務中には公務を包含しないとしている。しかし、一方現業傭人たる集配人は郵便電信及び電話官署現業傭人規程により公務に従事する者であるが、職員でないからこれに対し暴行を為し以てその公務の執行を妨害したるときは、刑法第二三四条により業務妨害罪を構成するが、同法第九五条の公務執行妨害罪は構成しないとする大審院判例(大正八年四月二日判決二五輯三七五頁)もあり、非公務員による公務の執行に際しては、威力業務妨害罪の成立を是認している。従つて一概に業務妨害罪にいう「業務」中に公務は包含されないということはできない。更に公務員の公務の執行に対し、かりに暴行又は脅迫に達しない程度の威力を用いたからといつて、業務妨害罪が成立するものではないとする最高裁判所判例(昭和二六年七月一八日大法廷判決集五巻八号一、四九一頁以下)のあることも原判示のとおりであるけれども、該事案は検挙に向つた警察官等に対し、スクラムを組み労働歌を高唱して気勢を挙げた労働者等の行為が威力業務妨害罪を構成しないことを示したもので、その他の公務員の公務執行全般に妥当するか否か甚だ疑問であり、該判例のあることによつて直ちに業務妨害罪の「業務」中には非権力関係の公務までも包含しないと結論することは躊躇せざるを得ない。蓋し、業務妨害罪に関する規定は、個人又は団体の経済的精神的生活活動の保護を目的として制定されたものであるが、警察は国民の生命身体及び財産の保護に任じ、犯罪の捜査、被疑者の逮捕及び公安の維持に当ることを以てその責務とし(警察法第一条)、警察官等は犯人の逮捕もしくは逃走の防止、自己もしくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器使用の権限すら認められている(警察官等職務執行法第七条)のであるから、経済的生活活動を営むものということはできないのみならず、公務執行妨害罪の規定により保護せられるのは格別、威力業務妨害罪の規定によりこれを保護すること自体まことに奇異の感を免れないところで、前記最高裁判所判例は右趣旨に解せられるからである。

加之、その後の最高裁判所判例によれば、日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)の新交番制による電車運行業務の妨害を認めた原判決を支持認容していること(昭和二八年一一月一六日最高裁判所第二小法廷判決、昭和二九年一二月二三日同裁判所第一小法廷判決集八巻二、一七五頁、昭和三〇年三月三日同裁判所第一小法廷決定、参照)、検察官指摘のとおりで、国鉄職員による電車(又は列車)の運行は、右職員による公務の執行であると共に公法人たる国鉄の業務であり、前記職員に対する公務執行妨害罪が成立する場合は法条競合によつて業務妨害罪の規定はその適用を排除されるけれども、暴行脅迫の程度に達しない威力を用い電車(列車)の運行を妨害するにおいては、右国鉄の電車運行業務妨害罪の成立を是認しているものといわねばならず、その他原判決のように公務なるが故に業務妨害罪の対象からこれを排除せねばならないとする合理的根拠は発見できない。

従つて原判決は、既にこの点において法律の解釈適用を誤つた違法があるものといわねばならず、該違法は判決主文に影響を及ぼすことは極めて明かであるから、刑事訴訟法第三九七条第三八〇条によつて破棄を免れない。検察官の本論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点(事実誤認)の(二)(被告人両名の共謀関係に関する部分)について。

被告人両名の原審公判廷における各供述記載、検察官に対する各供述調書の記載、及び原審裁判官の為した検証調書(昭和二八年一〇月二六日記録八一丁以下)の記載を綜合すれば、被告人両名の共謀関係を認めるに十分である。即ち、被告人小柳は本件当時古河九州炭山労働組合連合会教宣部長、被告人湯浅は同部員として、情報宣伝活動に従事し、殊に被告人湯浅は教宣部長である小柳被告人の指示を受けて昭和二七年一〇月以降の炭労ストライキを有利に解決しようとして努力していたものであるが、本件犯行当日も福岡県鞍手郡添田町所在の古河峰地労組第二クラブにおける九労連闘争委員会に被告人両名出席後、会社側が送炭を強行しようとしている旨の情報が発表されたため、被告人両名は目尾労組に於て強硬に送炭阻止の闘争活動を展開するため派遣せられたもので、石田正光の運転するオート三輪車に乗車して現場に急行し、貨車積込みを阻止しようと意図していたのであるが、既に貨車積込みも完了し新多駅から小竹駅方面に該貨車が発車運行する事態になつていることを覚知するや、本件犯行現場附近にある薫風荘の寮生を動員し、同寮生と共に該貨車の運行を阻止しようと決意するに至つたもので、被告人小柳の指示に従い、被告人湯浅が前記オート三輪車に取付けていた組合旗(赤地に古河労連と白く染抜きをしたもので縦一・八七メートル横二・四五メートル)を携行して同寮附近線路踏切地点(小竹駅から約二粁二〇〇メートルの距離)に駈けつけ、折柄貨物列車上り便が時速約一二粁で前方約一五米まで進行してきたのに対し、右旗を打ち振り、機関士阿曽沼文彦等をして列車進行に対し危険発生があるものと判断せしめ、踏切地点の前方約二・三一メートルの箇所で停車するに至らせ、その後被告人小柳において右機関士に対し右石炭の輸送中止方を交渉し、更に被告人湯浅は逐次動員された寮生約三〇名と共に列車の進路前方にスクラムを組んで立ち塞がり、寮生等のために労働歌の音頭をとり、又一部寮生は列車の進行阻止の意図のもとに踏切線上に前記自動三輪車を押し上げ、かくて該列車を約一時間二〇分にわたり該地点に停車するの已むなきに至らしめたことが認められる。してみれば、被告人両名において既に国鉄所管の貨物列車に石炭積込みが完了し国鉄職員によつて該貨車が輸送途上にあることを知悉しながら、該貨車の運行輸送を寮生等の圧力によつて阻止しようとの意図のもとに、本件各行為がなされたものであることは明かであり、被告人湯浅が列車進路前方において組合の赤旗を打振り停車の已むなきに至らしめた行為も亦、偽計というよりも寧ろ前記寮生等の多数の威力を示す手段として採られた措置とみるべきこと後記認定のとおりであるから、被告人等両名のほか寮生等との間に共謀関係ありと断ずるに何等憚かるところはないといわねばならない。原判決は被告人小柳が機関士に石炭輸送中止方を交渉した後被告人湯浅に「後は頼むぞ」と云い残して新多駅に赴き駅員その他に貨車を引返すよう要請したのであり、被告人両名間に列車阻止の方法・態様について共謀がなされたという信ずべき証拠はないとの理由で、共謀関係を否定しているけれども、前示説明によつてその失当であることは明かである。従つてこの点に関する検察官の論旨も理由がある。

そこで当裁判所は、刑事訴訟法第三九七条第三八〇条第三八二条によつて原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従つて直ちに判決することとする。

(事実)

被告人小柳は、石炭の採掘及びその販売を業とする古河鉱業株式会社(以下会社と略称する)の全九州の労働組合を以て構成する古河炭山労働組合連合会教宣部長、被告人湯浅は同部員であつたが、会社経営の福岡県鞍手郡小竹町大字新多目尾鉱業所従業員を以て組織する同鉱業所労働組合は賃金値上げを要求し、昭和二七年一〇月一七日以降同盟罷業を行つていたが、会社は日本燃料株式会社以下一会社に着駅渡の契約で石炭を販売し、その石炭の輸送を日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)に委託して輸送するため、同年一二月一三日同大学所在国鉄新多駅に於て貨車一三輛に積込み、国鉄機関士阿曽沼文彦、同機関助手桐野久城がこの列車を運転し国鉄小竹駅に向い発車せんとしたところ、被告人両名はその輸送を阻止しようと企て共謀の上、同日午後六時頃政光こと石田正光の運転する三輪車に乗車して組合員の居住する同大字新多所在目尾鉱業所薫風荘に到り、同三輪車備えつけのマイクを使つて組合員に対し、交々「会社は石炭の輸送をしている。皆出てこれを阻止してくれ。」と呼び掛けて同荘居住の組合員を動員し、折柄新多駅を発車して進行中の右列車を停止せしむべく被告人湯浅は薫風荘横踏切上に於て線路上に立塞がり、赤色の労働組合旗を振り続けて前記機関士をして列車の運行停止の已むなきに至らしめ、更に動員に応じて右踏切附近に集つた組合員大西敏夫外約三〇名と共謀し、それらの者と共に機関車直前の線路上に立塞がり、約一時間二〇分に亘り赤色の労働組合旗を打振り、且つ労働歌を高唱する等の方法により気勢を挙げて多衆の威力を示し、阿曽沼等をしてその間列車の進行を不能ならしめ、以て威力を用い国鉄の貨車運行業務を妨害したものである。

(証拠の標目)

一、被告人等の原審公判廷における供述記載

一、原審裁判官の証人阿曽沼文彦、同桐野久城、同岩見一幸、同出口栄蔵、同後藤進、同広田利久蔵、同飯田百一郎、同片山秋義、同小坪美幸、同正広英登、同宮島一瀬、同山下徳人、同遠矢清治、同寺崎信治、同松井隆、同服部弘幸、同藤島守、同政光こと石田正光、同佐々木喜平、同山本一雄、同松山茂喜、同片岡房孝、同漆原光国、同中原登、同高瀬春雄、同蛯谷武弘、深堀富男、同班目三郎、同国広与助、同八田経、同熊谷謙吉、同尾形権三郎、同森馬之助、同国房義明、同渡辺泰敏(昭和二八年一〇月二七日附及び昭和二九年二月一四日附)に対する各尋問調書

一、原審証人荒川浩、同大町信博(第三回公判)同森田芳太郎(第四回公判)の各供述記載

一、原審裁判官の検証調書

一、日本炭鉱労働組合中央執行委員長名によるスト突入指令書写(記録一、五五三丁)、西部瓦斯株式会社竝びに日本燃料株式会社の各注文書写(記録一、五二二丁及び一、五二三丁)

一、阿曽沼文彦(昭和二八年四月七日及び同月一一日附)、山下徳人、遠矢清治の検察官に対する各供述調書

一、被告人等の検察官に対する各供述調書(各第一乃至第三回)

(法令の適用)

刑法第二三四条第二三三条第六〇条、罰金等臨時措置法第二条第三条(所定刑中懲役刑選択)、刑法第二五条、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条

尚本件起訴状によれば、被告人等の本件行為は右国鉄の貨車運行業務を威力を用いて妨害したものであるとするほか、偽計を用いて業務妨害をなしたものであり、且つ国鉄に輸送を委託した前記古河鉱業株式会社に対する関係においても同会社の石炭輸送業務を偽計及び威力を用いて妨害したものであるとし、刑法第五四条第一項前段の想像的競合罪として起訴されているけれども、被告人湯浅が同小柳の指示に従い組合の赤旗を振り貨車を停止せしめた行為を、前記認定の組合員である寮生多衆の威力によつて停車せしめた行為から分離独立評価して、刑法第二三三条に所謂偽計にあたるものとすべきでなく、被告人等の意図は先に説明したように貨車が発車進行するに至つたことを知るや、寮生多数の気勢を示して該貨車の進行竝びに石炭輸送を阻止しようとするにあつたのであり、国鉄職員をして錯誤におとしいれようとしたものでなく、該気勢を示すための前提手段として貨車進行中の線路前方に立塞がり前記赤旗を打振りこれを停車せしめ威力を用いるための着手に及んだ後の一連の行為であつて、当然前に認定した威力業務妨害行為中に包括せしめらるべきものであり、更に本件石炭がその積込を完了し、既に国鉄係員によつて貨車輸送途上にあつた以上、会社側の輸送業務は一応完了したもので、刑法に所謂「業務」妨害の対象となるものではないといわねばならない。本件石炭販売契約が着駅渡しの契約であり、潜在的に会社側に輸送業務が残存しているのを理由として、会社の輸送業務妨害可能の論拠としているもののようであるけれども、刑法に規定する業務妨害罪の対象たるべき「業務」中には斯様な潜在的な業務まで包含するものでなく、それは飽くまでも顕在的現実的な業務を対象としているものと解するのが、刑罰法規の性質上相当である。従つて本件公訴事実中偽計業務妨害罪及び会社に対する関係においての偽計竝びに威力業務妨害罪の点は、いずれも罪にならないものといわねばならないが、前に認定した国鉄に対する威力業務妨害罪と包括一罪もしくは一所為数法の関係に於て起訴せられたものであるから、主文において無罪の言渡をしない。

更に被告人等の本件行為は、会社に対する関係においては争議中における労働者の権利防衛のための正当防衛行為であり、しからずとしても期待可能性を欠如する行為であり、国鉄に対する関係においては緊急避難行為であるから、無罪であると弁護人等は主張するけれども、会社の輸送業務妨害罪成否の点に関しては、既に前記理由によつて弁護人等の前記主張をまつまでもなく、その成立の余地のないことが明かであつて、国鉄に対する関係においても本件貨車による石炭輸送行為が被告人等の自由もしくは財産に対する現在の危難ということはできないのみならず、本件行為を以て已むことを得ざるに出でたる行為ということもできないことは、原審裁判官の証人阿曽沼文彦、同出口栄蔵、同森馬之助に対する尋問調書によつて明かであるから、同主張も亦採用の限りでない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高原太郎 裁判官 鈴木進 裁判官 厚地政信)

検察官白土八郎の控訴趣意

第一、原判決は法律の解釈適用を誤つた違法の判決であつて破棄を免れないものと信ずる。

(一) 原判決は国鉄の業務は公務であるから刑法第二百三十三条、第二百三十四条にいう業務に該当しないとして被告人等を無罪としたのであるが、右は法律の解釈適用を誤つたものである。業務妨害罪における行為の客体は他人の業務であるが、その業務の主体に関しては自然人たると法人たるとを問わずとなすこと定説であり、人格なき団体も亦業務の主体たり得ると解されている。日本国有鉄道(以下国鉄と略称)の役員及び職員が公務員とみなされ、その業務が所謂公務に該当することも日本国有鉄道法の明定するところである。而して国鉄職員の業務は他面国鉄(法人たる)の業務であり、国鉄職員の業務は公務員の公務であるから刑法第九十五条の公務執行妨害の罪を以て論ずべきこと勿論であるが、同時に国鉄の業務を妨害するにおいては刑法第二百三十三条又は第二百三十四条の業務妨害の罪が成立するものと断ぜざるを得ない。然らずとせば鉄道、学校、病院、図書館等が私営ならば之に対する業務を妨害するに於ては業務妨害罪が成立するに反し、国又は公共団体の経営ならばその業務を妨害するも公務員に対する暴行脅迫を伴わない限り何等の罪を構成しないことになつて衡平を失し不合理である。明治四一年(れ)第一一九七号同四二年二月九日大審院判決は大阪区裁判所に於ける競売を妨害した事実につき刑法第二百三十三条の業務妨害罪に該当する旨判示し、昭和二八年一月一六日最高裁判所第二小法廷判決及び昭和三〇年三月三日最高裁判所第一小法廷決定はいずれも威力を用い国鉄の電車運行の業務を妨害した事実につき威力業務妨害罪の成立を認めた第二審有罪判決に法令違反等のないことを認め上告棄却を宣告している。原判決の引用する大審院大正一〇年(れ)第一二二三号同年一〇月二四日判決は株式会社創立の妨害をした事実につき業務妨害罪の成立を認めた判決であつてその業務が公務である場合において業務妨害罪の成立を否定した判決ではなく、又最高裁判所昭和二五年(れ)第九五八号同二六年七月一八日大法廷判決は業務妨害罪にいわゆる業務の中には公務員の職務は含まれないことを判定したに止り、公法人又は公務所の業務について判断を下したものではないから国鉄の業務につき業務妨害罪の成立を認める前記最高裁判所の判決及び決定と矛盾するものではない。

(二) 原判決は古河鉱業株式会社が石炭の販売業務に附随してその輸送をも業務としていることは認められるが国鉄が貨物輸送を引受けてその引渡しを受けた以上、国鉄の機関士は上司の命により運転業務を遂行しているもので会社の販売業務に携つているものでないから同会社との間に法的連鎖がないとして右会社の業務妨害は成立しないと判示している。是れ亦法律の解釈適用を誤つたものである。即ち古河鉱業株式会社が着駅渡の石炭販売契約履行のため国鉄に対し買主宛の輸送委託をなし石炭を引渡した後に於ける同会社の責任は契約条項の全部を実現させねば完了しない。従つて売主たる同会社は指定駅又は最寄駅に石炭を到達させねば完全な履行をなしたと云えないから、運送途中に於る商品の滅失毀損延着等の事故については不可抗力に因る場合を除き私法上の総ての責任を負わねばならない。されば売主である会社は第三者たる国鉄の行為によつて石炭販売業務遂行のため自己の石炭販売契約の債務を履行しつつある過程であつて現実に輸送業務に従事している国鉄職員等に対して偽計又は威力を用いて妨害がなされて石炭の輸送が阻止されるに於ては右会社の石炭販売業務が妨害されることは洵に明かである。被告人等の意図するところも右会社の石炭販売業務の妨害であつてその方法として国鉄の輸送業務を妨害する挙に出たものであつて犯意において欠くるところはない。又本罪に於る妨害行為は直接被害者に加えられると、設備その他の物或は使用人、代理人、取引の相手方等第三者に対して加えられるとを問わないのであつて苟しくも人の業務を妨害する意思を以て妨害に有効な行為に出でその行為にして刑法第二百三十三条第二百三十四条に該当するに於ては業務妨害罪が成立すると解すべきである。

以上の理由により本件は国鉄の業務につき業務妨害罪が成立するは勿論、古河鉱業株式会社の業務についても業務妨害罪が成立するものと解すべきに拘らず、被告人両名に対し無罪の言渡をなしたる原判決は法律の解釈適用を誤つた違法の判決であつて到底破棄を免れないものと信ずる。

第二、原判決は証拠の判断を誤り事実を誤認した不当の判決であつて破棄を免れないものと信ずる。

(一) 原判決は事実を「同被告人(湯浅被告をさす)はこれに従い、自動三輪車に取りつけていた赤地に古河労連と白く染め抜きをした組合旗を提げて新多駅から約二〇〇メートル離れた同寮附近線路踏切地点に駈けつけ、折柄貨物列車上り便が時速約一二粁にて前方約一五メートルまで進行してきたのに対し右旗を打ち振り、機関士阿曽沼文彦等をして列車進行に対し危険発生があるものと判断せしめ、踏切地点の前方約二、三二メートルの個所で停車するに至らせた」と認定し、被告人等の犯行当時の意思につき「被告人湯浅が同小柳の命によつて組合旗を振つたのは、突嗟の間に機関車の乗務員に呼びかけ、停止してもらう目印のために手近にあつた組合旗を思いついたというのが、事宜に合しており、真実であろう。」と認定し、「従つて赤色の組合旗をもつて、特に線路上に障害物があるごとく假構し、機関士等に錯誤を生ぜしめる手段を弄したというのではないから、この案件に対し偽計というのは当らないのである」と判断しているのである。然しながら被告人湯浅の検察官に対する第一回供述調書中「汽車は赤旗を振れば停るものと常識上承知して居たので赤旗を振つて汽車を停めたのですが…………汽車の方は線路上に障害物があると云うことを私が知らせて居るものと考えて停つたろうと思う」旨の供述記載(記録一六一三丁)、同第三回供述調書中「私は汽車は赤旗を振れば停るものと常識上承知して居つたので赤旗を振つて汽車を停めたのです、線路上に障害物があつたり線路に故障があつたりして汽車が其儘進行すると危険だと云う事を機関車の乗務員に知らせる方法として赤旗を振る事を常識上承知していた」旨の供述記載(記録一六二五丁)、被告人小柳の検察官に対する第一回供述調書中「汽車を停める方法は指示しませんでしたが旗を振つて停めると云うことは判つて居た」旨の供述記載(記録一五八二丁)、同第三回供述調書中「旗を振れば汽車が停るだろうと思つて湯浅君に旗を持つて行く様に云つたのである」旨の供述記載(記録一五九八丁)、証人阿曽沼文彦の「機関車を停めたのは障害物か何か正体は判らぬが何かあるかも知れぬということで疑わしいから停めたのである」旨の証言(記録二三一丁)、証人桐野久城の「乗務員は赤信号を見ると一番危険であり線路の切断とか或は何かの障害物が線路上にあるものと思つて停車した」旨の証言(記録一八三、一八四丁)を綜合すれば何等特段の考慮を払わずとも進行中の列車に対して線路上に立入り旗を振るが如きは交通上の危険乃至障害の存在を知らしめる非常信号と目さるべきことは世人の常識として理解されているところであつて正に其の挙に出た被告人等の本件犯行は当然これ等の信号に擬し危険条件の存在を偽装して本件貨物列車を停車させたと認定すべきに拘らず被告人小柳の検察官に対する第三回供述調書中の「汽車が何故停るか此の点まで考える余裕はなかつた」旨の供述記載及び被告人湯浅の公判廷に於ける供述を以て被告人等の一片の弁疏を支持し旗を振れば汽車が何故停るかを考える余裕はなく停止して貰う目印の為手近にあつた組合旗を思いついたと云うのが事宜に適するとしたのは一般の経験法則に反して採証を誤り事実を誤認した不当の判決であると思料する。

(二) 原判決は「被告人小柳については刑法六〇条にいう共謀関係はなかつたと断ぜざるを得ない」と認定して同被告人の責任を排斥しているのであるが、その証明は十分である。即ち被告人等はいずれも共謀の事実を否定しているのであるが、被告人小柳の公判廷における「今回のわれわれの組織を切崩さんが為に協約に違反して一方的になされる送炭に対し之を阻止せよという闘争委員会の指示に従い本件行為をやつた……湯浅君に旗を以て阻止せよと申した」旨の供述(記録二〇、二一丁)被告人湯浅の公判廷における「そこで当時の闘争状況を放送していたが発車合図の汽笛が聞えた。それから小柳から行つてくれと指示を受け……何とか合図をしなければいけないと考え旗を横に振つたので機関車は……停車した」旨の供述(記録二二、二三丁)被告人小柳の検察官に対する第一回供述調書中「自分達四人は石田の運転するオート三輪車で目尾に向つたのであるが薫風荘から三、四百米小竹駅によつた処で機関車が新多駅に向つて進行しているのを見付けた。自分は新多駅で貨車を連結して小竹駅に向う機関車だと思つた。それで自分達は汽車が積込場に行き居るから急げと云つて話合つた。自分は目尾の組合事務所に行つて組合から指令を出して貰つて目尾の組合員を動員して積込場で汽車の発車が出来ない様に組合員に貨車を取りまかせる考えだつたのです。オート三輪車に乗つていた湯浅、佐々木、中原の三人も自分と同じ考えであつたろうと思う、機関車と競走する様にしてオート三輪を飛ばしたが組合の事務所に行つて指令を出して貰つて組合員を動員したのでは其の間に機関車が炭車を連結して出発して終い間に合わないと気付いた、其処で自分は直接薫風荘の寮生に呼びかけて動員するつもりで交番の下の踏切に差蒐つた際三輪車は踏切の上でストツプした。オート三輪車がストツプしたので中原、佐々木の二人は積込場の詰所に向つた。自分が二人に詰所に行つて来いと云う意味のことを云つたと思うが、その意味は詰所で機関手に事情を話して石炭を輸送しない様に折衝して貰うつもりであつた。自分は中原等二人が詰所に行つたので汽車の発車まで多少の時間的余裕があると思つたので三輪車で踏切のすぐ上の組合事務所に行つた。組合には片岡組合長が居り寮生の動員を指令していた。自分はそれを見て組合からの指令が出たのでオート三輪車に備付けてあるマイクで寮生を動員する為めに湯浅と二人で石田に運転して貰つて薫風荘に引き返した。自分が薫風荘に引返したのは組合の指令は一応出ているが更に強力に寮生に呼びかけて動員をする考えだつた。湯浅君にはさあ行こうと言う程度のことを言つて出発したが自分の意思はのみ込めていたものと思う。薫風荘の前で寮生に呼びかけている内に汽笛が聞えた。自分は機関車が炭車を索引して発車したと直感し湯浅君に列車を停めろ旗を持つて行けと指示した。湯浅はオート三輪に付けてあつた赤い大きな労連旗を持つて踏切の方に飛んで行つた。汽車を停める方法は特に指示しなかつたが旗を振つて新多駅から来る汽車を停めると云う事は判つて居た。線路の方を見ると汽車が近ずいたと見えて湯浅君が線路内に入つて労連旗を振つて居た。間もなく汽車が其の前で停るのが見えた。丁度その頃寮生がザーツと出て来たので自分は機関車の処に飛んで行つた。其の時湯浅君は運転台に居る機関手に線路の上から話しかけていた。寮生は機関車の前とか湯浅君の後方に立つて居りその数は二十名程度であつた。自分は寮生を押し分けて機関車のデツキに上り機関手に機関車を返す様に交渉した。機関手は一旦発車した以上汽車を返すとか汽車を停めて置くと云うことは出来ない。然し助役が送炭を中止すると言えば汽車が此処まで発車して来たことを駅に内密にして置こうと云うた。その話は湯浅君も大体聞いて居たと思う。自分は小竹駅の助役に送炭中止を申入れるつもりで現場から薫風荘に行つた。薫風荘に行く時湯浅君には今から電話をかけて来るから後は頼むぞと云う意味の事を言い置いた。後を頼むぞと言うのは「汽車を出させるな」と云う意味であつた。当時自分は自分が助役に折衝して来るまでの間に機関車が発車はせんだろうと思つていたが当時の気持としては是が非でも汽車を出させてはならないと云う気持であつた。自分が助役に折衝する間に湯浅君が如何なる方法で汽車を停めて置くか其の具体的なこと迄は考え及ばなかつたが機関手に説得をするとかこれでも聞かなければ寮生にスクラムを組ませてそれをしかけなければ汽車が通れない様な方法を取るかそれは判らないが兎に角汽車を出させまいと云う考えであつた。自分は薫風荘に行つたが電話を使用中であつたので新多駅に行つて小竹駅に電話で話して、現場に引返した時は機関車の前は線路を中心にして寮生や一般の見物人が立ち塞つて居た。寮生はスクラムは組んではいなかつたが其の時の状況では汽車が出発しようとしても出発出来ない状況であつた。出発しようとすれば前の寮生達をしき殺す危険があつた。自分は寮生に新多駅での話を報告して組合と会社が団交して居るから今から行つて来る、帰る迄此処を動くなと云い置いて積込場の上の本部に行つたのである。此処を動くなと云うのは先程湯浅君に後を頼むぞと云つたのと同じで是が非でも汽車を発車させてはいけないと云う意味であつた」旨の供述記載(記録一五七八―一五八八丁)被告人湯浅の検察官に対する第一回供述調書中「自分達は三輪車で目尾鉱業所に向つて居る途中薫風荘の手前約三百米の辺で新多駅に向う機関車を発見した。此の機関車は新多駅で石炭の積んである貨車を索引して小竹に向うものと思つた、自分達は石炭の輸送を阻止する為めに寮生の居る薫風荘に行つて寮生を動員して新多駅の構内の積込場で汽車を発車する前に寮生を指揮して汽車の前にピケを張らせて汽車が動けない様に仕様と云うことを考えたのである。その事は三輪車に乗つて居た自分達三人が話合つた様に記憶している。交番下の踏切で三輪車が停つた機会に同乗していた佐々木は下車して労組本部に行つた。会社と組合の石炭輸送に就いての交渉の模様を確かめるつもりで行つたものと思つた。其の後で自分と小柳は直接薫風荘に行かないで組合本部に行つて模様を見た上の事に仕様と云うことになつて其の儘直ぐ組合本部に行つた。組合本部には片岡組合長が居て、組合長から薫風荘に行つて寮生を動員して呉れと云う意味の指示を受けた。自分と小柳は三輪車で薫風荘に行き、二人が交る交る三輪車のマイクで会社が今送炭しようとして居るのでこれを阻止する為めに出て呉れと言う意味の呼び掛けをした。その裡にピーと言つて汽車が新多駅を発車するのが判つた。小柳も之に気付いたと見えて自分に「旗を持つて行つて汽車を停めて呉れ」と云つた。自分も寮生を呼出して居たのでは間に合わないと思つたので小柳に云われた通りオート三輪に付けて在つた大きな赤い労連旗を持つて踏切に行つた。自分は汽車を停めるつもりで旗を線路内で振つた。其の踏切は新多駅から二百米位しかないので汽車のスピードは除行程度であつた。自分が旗を振つて居るとこれが運転手にも判つたと見えてピーピーと汽笛を続けてならし乍ら自分の三米位手前で停車した。汽車が停ると同時頃に四、五人の寮生と一緒に小柳が来た。小柳は機関車のところに行つて機関車の中に居る乗務員に、今炭を出されるとストの効果が無くなるから協力して呉れと交渉した。乗務員は汽車が駅構内を出て居るので我々としては此の際小竹に進行する以外に方法がない。汽車を停めるとか引き返すとかは出来ない。駅に連絡を取つて呉れ、と答えていた。小柳は直ぐ新多駅に引き返した。其時自分に駅と連絡を取るから此の儘の状態にして置いて呉れと云い残して行つた。其の儘の状態にして置いて呉れと云うのは汽車を発車させんで置いて呉れと云う意味だと思つた。其の方法については何とも云わなかつたが既に寮生が二十人余り集つて居たので汽車が出様とすれば其の前にピケを張つて汽車を出させない様にして呉れと言う意味だろうと思つた」旨の供述記載(記録一六〇八丁、一六一四丁)を綜合すれば被告人小柳は被告人湯浅と共謀の上ピケを張つて汽車の運行を妨害する意思で寮生を動員中汽車が発車したので被告人湯浅に赤い旗を振らせて汽車を停車せしめ自分も現場に赴き機関士阿曽沼文彦に汽車を発車させない様に交渉したが拒否されたので新多駅に行く際被告人湯浅に寮生等と共に汽車を発車させない様に依頼して置いて新多駅に行き電話で小竹駅に交渉したが拒否されたので現場に引返し、その時機関車の前線路内に立塞つていた寮生等に対し此の儘動かないで機関車の進行を阻止することを指示して組合本部に赴いたことが認められ、本件公訴事実の共同正犯と認め得るに拘らず、原判決は小柳被告人の湯浅被告人に対する「後は頼むぞ」との言葉は、機関士等に充分話をして発車しないように待たして呉れという意味であり、被告人小柳が駅助役に折衡する相当の時間中に被告人湯浅がどんな方法で停車せしめておくかという具体的なことまでは考えておらず、両者の間に打ち合せもなかつたのが、真実であり、他に両者間に列車阻止の方法、態様について共謀がなされたという、信ずべき証拠はないとして被告人小柳については共謀関係はなかつたと断ぜざるを得ないと判示している。此の見解は言葉の一端のみを捕えた皮相の見解であつて、それ迄の事情即ち小柳被告人が如何にしても石炭輸送を阻止すべく寮生多数を動員し、一方湯浅被告人に旗を振らせて汽車を停車せしめ、寮生等と共に機関車の前に立塞がらせた経緯を勘案するならば被告人小柳の意中には多衆の威力を用いて汽車の運行を阻止せんとする意図は十分に伺われ被告人小柳の前記供述調書によつても寮生動員の目的は認められる。又日頃共に労働運動に従事する被告人湯浅に対しては後を頼むぞの一言を以て万言を費す以上にその意思は伝達せられることは経験法則上明かであり、被告人小柳及び被告人湯浅の前記各検察官に対する供述調書の記載を対照すれば十分に意思連絡が出来ていることが明かである。原判決は此の点においても証拠の判断を誤り事実を誤認した不当の判決であると思料する。

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